@ ミル
A マーチャント
B デザイナー
ミルは本来の意味でのメーカー、すなわち毛織物工場。
マーチャントは毛織物商社。
そしてデザイナーは彼らの顧客の上質な生活のため衣料を中心にあらゆるものをデザインし、そのなかで生地もデザインしています。
生地はミルもマーチャントも自社でデザインします。マーチャントとデザイナー企業は自社工場を所有しないのでミルに委託生産する場合が多くなります。
私のおすすめの生地を分類すると
@ はコメーロ、キャノニコ、フィンテス、エルメネジルドゼニア、チェルッティ、御幸毛織など。
A の2大マーチャントはドーメル、スキャバル。
B はピエールカルダン、ピエールバルマン、ダンヒル
などとなります。
ピエールカルダン
ピエール・カルダンは,
1922年にイタリアのヴェネチアに生まれたフランスのファッションデザイナーです。自らの前衛的なスタイルでオートクチュールのブランドを立ち上げ、1960年代〜1970年代に一世を風靡しました。
「ピエール・カルダン」はオートクチュール及びプレタポルテの世界的ブランドとして人気を博し、世界各国で事業活動を行っています。生地のデザインも英国物と違い伝統にとらわれず、トレンドを重視しています。
コメーロ
コメーロはイタリアビエラ地区近くガッティナーラにあり、糸から生地までを一貫生産するメーカーです。
社長宅も同じ敷地内に有り、社長自ら朝早く工場に来て社員と一緒に働いています。製品はウーステッド中心で、個性的な生地が多く見られます。まだ日本とのビジネスは少ないようですが、日本市場に興味をお持ちのようで、訪れた際積極的に日本人の嗜好について多く質問をされました。
ピエールバルマン
バルマンとはピエール・バルマン、1950年代パリ・オートクチュールの中心的デザイナーのブランド。
1914年、スイス国境に近いピレネー山麓(フランス側)サン・ジャン・ド・モーリエンヌに生まれました。
45年の夏、パリのフランソワ・プルミエ通りに母の援助をうけ自分のメゾンを開設。画家クリスチャン・ベラールが彼のために、貴婦人、上流階級のマダム、有名女優などを次々に紹介したおかげで、バルマンは当初から「グランド・ダーム」のクチュリエとなることができました。かたわら、映画、演劇の衣裳デザインも手がけました。
日本では、皇后陛下の衣裳デザイナーを務め、両陛下の訪欧、訪米の際に皇后のドレス一式をデザイン、制作しました。
紳士服地は高級原料を使用、デザインにはオリジナリティーがあり根強いファンの方が多くみえます。
ドーメル
1842年に設立された現存するウルンマーチャントです。高品質で英国の伝統的な生地を提供し続けています。当初はオーダー用の生地専門でした。Dormeuil
との社名は1863年から使われます。1880年代の初期からニューヨークに店舗を構え始め、1960年には既製服市場に参入し始めます。
古くから日本では紳士服は「英国のもの」という認識から、オーダー用生地メーカとしてはドーメルが他を圧倒していたと言っても過言ではありません。
キャノニコ
正式名は「VITALE
BARBERRIS CANONICO(ビタール・バルベリス・キャノ二コ)」。
ゼニア、ヒューゴ・ボス、カナーリ、コルネリアーニなどの高級ブランドの生地を手掛けており、その実力は量産型メーカーとしては世界一、二を争います。
キャノニコ社が長年にわたって守り続けているのは、クラシックでベーシックな生地づくりで、製糸から染色、生地生産までを一貫して自社で行う“一貫紡”を採用しています。
フィンテス
イタリア・ビエラ地方の大手紡績会社DRAGOの傘下にあります。その生地の大半は海外輸出にあてられ世界的評価も高いものになっています。
僅か13.8ミクロンの細さの糸は、羊の飼育から目を配り、細心の配慮を得て完成した努力の結晶でもあります。
スーパー150‘s スーパー180’sなどのウーステッドはシルクのようなデリケートな風合いです。
スキャバル
1938年オットー・ハーツによりブリュッセルで設立されたScabalは、マーチャントと生地のサプライヤーとしてその一歩を印しました。
彼の後継者となったピーター・ティッセンが現在の会長であり、3代目となる息子のグレゴ・ティッセンが代表取締役としてサポートしています。
1938年当時のScabalの従業員数はわずか6名でしたが、現在では世界中に約600名のスタッフを抱えるまでに成長しました。
長い年月をかけて、Scabalは単なる服地サプライヤーから高級服地サプライヤーへと変貌をとげ、そして今では世界で有数のウルンマーチャント企業へと成長を遂げました。
Scabalはヨーロッパ諸国のほとんど、そして世界中の主要都市で確固たる地位を築き有名テーラー、百貨店、デザイナーにその高級生地を供給し続けています。その顧客は有名人、ロイヤルファミリー、大統領、首相、世界で活躍するビジネスマンやエグゼクティブにまで及びます。
ダンヒル
創始者アルフレッド・ダンヒルの哲学は、「愛煙家が必要とするものを最高級の品質で提供すること」といいます。ここからタバコ、パイプに限らず紳士が求める洋服、革製品などへと製品ラインが広げられていきました。
その歴史は100年以上昔、一人の男性アルフレッド・ダンヒル(ALFRED DUNHILL)の夢からスタートしました。
親から馬具製造の家業を受け継ぎ、さらに経営を多角化するため1907年、ロンドン市内に煙草店を開きます。
確実な点火と風雨に強いという性能を持つオイルライターを発表し、ライター界で一世を風靡しました。
素材、職人、すべて最高級のクオリティを追求し、最高級の製品を生み出し続け、1921年には一流の「実力」と「信頼」の証、英国王室御用達を授かりました。
端正なデザインは、まさに英国紳士に愛されたダンディズムです。
伝統と新しいものを柔軟に統合し、常に人気メンズブランドの上位にあり続けるダンヒル。
常に、多くの年代に支持され、世界的に名高い高級総合紳士用品ブランドとしての名声は揺るぐことはありません。
エルメネジルド
ゼニア
1910年、イタリア北西アルプスのビエラに程近い、トリヴェロという小さな街でゼニア社はスタートしました。
このときの創業者エルメネジルド ゼニアは僅か20歳で、工場にはほんの少しの繊機しかありませんでした。
が、1930年には、他社に先駆け服地の織端に『Cloth by Ermenegildo Zegna』のネームを入れることを始め、当時、英国製の独壇場であった市場で、素材・デザイン・機械・行程・職人技すべてにおいて完璧な品質を追求したゼニアの製品は、良質のファブリックとして評価が高まりだしました。
そして、早くも1938年には世界40カ国へ輸出されるような、イタリアでの高級メーカーのさきがけとなりました。
チェルッティ
正式には、Lanificio
Fratelli Cerruti dal 1881 といいます。
意味は、【1881年創業のチェルッティ兄弟による毛織物工場】。
「1881」とは、チェルッティ一族が120余年前に興し、ブランドのルーツとなった、イタリア・ビエラの織物工場設立の年を示します。
チェルッティは、1881年、チェルッティ家の3兄弟、アントニオ・キンティーノ・ステファンがイタリアのビエラに織物工場を設立したのがはじまりです。
後にアントニオの孫ニノが事業を引き継ぎ、1957年にミラノで紳士服のプレタポルテを手掛け、1967年には待望のメンズコレクションを発表しました。。
ミユキケオリ
御幸毛織の創業は明治38年(1905年)。原料から服地の完成までの徹底した一貫生産主義を貫いています。
それ以来、日本の気候や日本人の生活様式を考慮した服地を追求し続けています。
さらにグローバルな企業戦略として、世界の優良原料の安定供給と保護育成事業をしています。
